2015年11月17日火曜日

2015-11-17 やる気のある時期

5:00起床。
雨上がりだけど朝練 17km
昨日と同じく平坦メインのコース。この冬はしばらくこのコースだろう。平地でのペースを維持するため、マンネリ化を避けるため、ダンシングを挟みながらペース走を実施した。雨上がりで路面も悪かったので、スプリントは実施せず。

日曜日にランニングの最中ダッシュをしたため、若干筋肉を傷めている感じがする。まぁ自転車に支障はないし、関節の痛みもないので特に心配もしていない。そんな訳で明日雨が上がっていたらランニングかな。

今はメンタルが上向いていて、沢山トレーニングしたい気分。そのうち練習がだるくなる期間も来ると思うので、今のうちにレベルアップしよう。

2015年11月16日月曜日

2015-11-16 次に向けて

5:00起床のつもりが4:20くらいには目が覚める。
しばらく布団にいてから朝練 18km

ツールド沖縄を終えて一週間ぶりのロード実走。ハンドルを10mmほど下げた。少し遠くなって具合が良い。冬の間にハンドル位置を洗い直そう。色々寸法が定まったらカーボンハンドルを試してみたかったりする。
練習は平地メインで体を大きく使うことを意識した。体がぶれない程度の重いギアでグイグイ回す感じ。冬場の朝練は暗くてメーターが見えないので、感覚に頼った練習を増やそうかと思う。
逆に登坂反復練習は今までメーターで速度(負荷)管理していたので、しばらく止めようと思う。
いつまでも沖縄の余韻に浸ってはいけない。すでに次の目標があるので、前に進もう。

朝が早すぎて昼間会社で眠くて辛い。でもキーデートが過ぎつつあるので、少しは楽になるか?仕事が大変なのは別に良いのだけど、生活が苦しいのは嫌だ。

今晩も雨。明日は朝練できるかな?

2015年11月15日日曜日

2015-11-15 やっと一息

本日も引き続き雨。

昼頃に30分程ランニング。やっぱり運動して汗を流すと気持ちが良い。競技云々とかじゃなくて、運動する習慣は必要だと思う。日頃動いてないと、いざというとき何もできないしね。

ツールド沖縄以来、久々に落ち着いて過ごせる日だと思った。平日は最近仕事の時間が長いし、先日も知人の祝いの席等で、ちゃんと夕飯を食べるの自体が久々な気がする。
今日はようやく時間が取れたので、色々と身の回りの整理(?)をした。もっと効率よく仕事ができれば、平日夜にも時間の余裕が取れるのにな。頑張らねば。

いよいよ(?)来週に迫った大磯クリテリウムにエキスパートクラスでエントリーした。初参加で上位クラスだけど、特別調整するつもりはない。レースに入れ込むと精神的に疲れるし、今回は平坦ゴールのレース感覚を養うのが目的だ。当然出る以上は良い成績を狙うけど、来シーズンレースで勝つためのトレーニングの一環かな。
もし集団が遅ければ当然飛び出す。でも出来ればゴールスプリントで勝負する展開にしたいので、逃げが出るようなら積極的に潰し、僕らしくないけど集団ゴールに誘導したい。

ようやく自転車を練習できる状態に組んだので明日は朝練。ハンドル位置を10㎜ほど下げてみた。この冬の間にハンドル位置などを再び見直して来シーズンに備える。

一旦レースは減るけど、体重変動に気を付けて冬シーズンを乗り越えよう。

2015年11月11日水曜日

2015-11-11 次に向けて動きたいけど

5:25起床。
昨晩は雨だったので、というか自転車を練習仕様に出来ていなかったので、久々にランニング。
スピードは出ないけど、フォームに違和感を感じずに気持ちよく走れた。
20分程走って帰宅。もっと走れたけど久々のランだったので、きっと体に負荷がかかっている。無理はしない。


沖縄が終わって今シーズンのレースもほぼ終了。
再来週に大磯クリテリウムにも出ようと思っているけど、すでに来シーズンに向けた計画を立てたい。しかしながら、沖縄から戻りサラリーマン2日目、忙しくてじっくり計画を立てる余裕がない。
とりあえず週末までは我慢しましょう。
しっかり働いて、たっぷり遊ぼう。

2015年11月9日月曜日

2015-11-11 Good bye Okinawa! また1年後

6:30起床。
昨晩はチームUKYOの打ち上げに参加させていただいたので名護に宿泊。

素泊まりだったので、朝からジャンクフードを食べに行く。
言わずもがな

別に好きでもないけどルートビア。沖縄と言ったらルートビア。
・・・やっぱり湿布の味がする。

国際通りをウロウロしつつ、空港へ向かう。

普段会う機会のないメンバばかりだったが、自転車という良く分からない乗り物でつながっている関係というのは不思議だ。いつまで競技者として走るかは不明だけど、まだしばらくは止められそうにない。
それでは沖縄さようなら。
来年も出れますように、晴れますように、皆が集まりますように。

2015年11月8日日曜日

2015-11-08 第27回 「ツール・ド・おきなわ2015」大会

いよいよツールドおきなわ本番。

4:45起床、5:00から宿で朝食。胃が強くないので、御飯とバナナ位しか食べなかった。
その後手荷物を預けた後に7:30頃まで宿で二度寝。
また、昨年の失敗を繰り返さないよう、何度もトイレに行っては出すものを出し切った。

一応前年度50位内なので、前方スタートの位置取りをさせていただく。
風はそれなりに強く吹いており、日差しも強い。
スタートラインに並ぶ際も運営側の誘導が下手で、上手に整列できなかったが、あっという間にスタート時間が来る。
エントリー数約370人、号砲と共に市民140㎞の部スタート。


結果:市民140㎞ 18位 1回目山岳賞獲得

スタートでは左よりに位置しており、各選手右側から先頭に動いて行ったので、中々前方に移動できなかったが焦らず順位を上げていった。
序盤の危険個所であるトンネルを前方で通過したかったので、2個目のトンネルまでには10番手くらいまでに着けることができた。
トンネル通過後はすぐに右折、左折で普久川ダムの登坂になるので減速しなければいけないのだが、先頭がかなりのスピードで突っ込んでいくので若干怖かった。別にリスクをとるような場所ではないので、落ち着いて対応した。

本格的な登りが始まると先頭選手がスピードを緩めて集団が膨らむ。こういう状態は前後での接触が発生しやすい。個人的には登坂をゆっくり走って前走者との距離に注意するよりは、マイペースで前方に出たほうが楽なので、マイペース走でするする前方に上がった。しばらくすると集団から30mくらい離れてしまった。15秒くらい後ろからの追走を待ったけど、特に反応が無かったので山頂を取ることを決意。スタート早々独走を開始した。

独走を選んだ理由は2つ。一つはもらえるなら山岳賞をとること。もう一つは集団のペースを抑えること。自分のチームメンバーは決して山岳が得意なタイプではないので、山岳賞争いを潰しておけば集団ペースは落ちるので、楽になるはず。

普久川ダムを坂を完全に独走で登りました。
途中でペースアップ
 後ろから追走されたくないので、基本的に後ろから視認しにくいライン取りを選ぶ。バイクから最初「30秒差」と言われ、淡々とマイペースで走っていると、集団内で若干山岳賞を奪う試みがあったのかペースが上がったらしく「20秒差」と言われた。僕はバイクに対し、「後ろには1分差って言って!」と冗談を言いつつ、少しペースを上げた。結局追走は終わったらしく35秒差と差は広がった。僕もペースアップを終了し、淡々としたペース走で山岳ポイントを通過した。

独走する気はさらさらないので、補給食を食べながら回復を試みつつ下山開始。単独で下るメリットは安全に走れること。ペースは上がらないけど(集団に合流予定なので上げる必要もない)、人のラインを気にするストレスもないので気楽である。210kmの補給地点あたりで後方に集団が見え、その後辺戸岬に向かう下りで集団に合流。僕一人のためにわざわざカウンターアタックもかからなかったので、危険なく集団に入ることができた。

辺戸岬区間は大きなアタックがかかることもなく、平和に通過する。途中スプリントポイントで数名飛び出したが逃げるような動きにはならなかった。ただ、トンネルが数か所あり、そのうちの一か所が長く・暗く・曲がっているためかなり怖かった。辺戸岬の下りは曲がる方向をあまり記憶していないのであまりスピードを出せなかったが、リスクを負う場面ではないので、安全第一で走った。

しばらくすると2回目の普久川ダムへの入り口へ差し掛かる。
再び集団が横に膨らみ、ラインが上手くとれずふらついてしまう。隣の選手に寄りかかる形となってしまったが、押し返してもらい助けられた。番号は記憶しておりませんが、ありがとうございました。
登口で現役学生の仲間が千切れ、昨年僕を助けてくれたメンバもパンクで戦線離脱してしまう。そのためここからは単独で集団内を走ることとなった。
さすがに2回目の普久川ダムはレース展開に影響が出るためペースが少し上がった。そんな中、山頂まで残り1.5㎞位からアタックをかける選手が1名。追いかければ2度目の山岳賞を狙えたかもしれないが、かなりダメージを負うと思ったので、ここは集団内で山頂を通過した。前回はこの辺りでトイレを我慢できず集団から離れたので、ここから先70㎞は未知の領域である。

普久川ダムで人数を絞ってどんどんペースを上げるかと思ったら、急にまったりしてしまい、登坂で遅れた選手が続々と先頭に合流してしまった。多分50名弱は残っているのではないだろうか?
その後は海岸沿いのアップダウンコースとなる。一応集団前方に位置し、少人数の逃げを形成できるようなら乗りたかったので、ローテーションに加わりながら走った。登坂なら結構余裕があったので、皆の足が削れることを祈ってペースを上げながら回してみたりした。
登坂では積極的に前を引いてみた。
集団の人数を削りたかったが、皆強い。
一方で、何回かペースアップをしつつも集団も前方の逃げを容認するつもりはなく、決定的な動きにはならなかった。集団前方にいる選手の意思統一もとれていなかったと思う。そんな訳で、自分自身も若干消耗したため、冷静になるため一旦集団後方に下がってみた。
下がってみると「まだこんなに人が残っているのか」と思うくらい、たくさんの選手が走っていた。また走っている間に自分のパフォーマンスも段々下がっていることを感じた。中盤に動き過ぎたのかもしれない。この様子だと羽地ダムの登坂までは大きな変化はないと思い、羽池までとにかく耐えることにする。ラスト30kmくらいではかなり苦しくて、もうあきらめてしまおうかとさえ思ったが、千切れたからってレースは終わらないし、隣の選手も皆苦しい様子で頑張っているのを見て、「苦しいのなら速くレースを終わらせよう」と自分を勇気づけて走った。
後半は自分からのペースアップ、周りへの反応等でダンシングが増えた。
それでも基本的にシッティングがメインだったかな。
アップダウンが終わり、いよいよ羽池ののぼりに向けて右折。この辺りで集団前方へ移動。最初のアタックに乗ったが、結局その次のアタックで飛び出た10名程の攻撃が決まり、先行を許してしまう。僕は単独で登ることになったが、逆に開き直ることができ、ペースを上げながら前を追った。
羽地からの下りで数名を回収し、ラストのメインストリートへ4名の集団で突入。しかし、なんと羽池の登りで遅れた集団10名弱の追走に遭い、飲み込まれてしまう。ラスト4kmをして嫌な展開になってしまった。ローテーションに混ざるとだいたい35km/hくらいのペースだった。
 集団での平地スプリントの経験がなかったこと、そしてこの集団がすでに表彰圏外(7位以降)集団ということもあって、若干気持ちが軽くなっていたこともあり、最後の坂で迷わずアタックをかけた。案の定誰もついてこないが、両太ももが攣る。でもチャンスと思い、無理やりダンシングで登坂頂上まで駆け上がる。頂上で前集団から千切れた一人を回収し、「一緒に逃げてください」と頼んだが、足が無いといわれ振られる。とりあえずゴールまで残り3kmを45km/hほどで疾走した。しかし集団もローテのペースを上げたのか、やはり2kmくらいで捕まってしまう。カウンターアタックに備えたけど、集団も僕一人にそこまでする余裕は無いようだ。

それでも10人以上の集団を相手に、僕はすでに足を使ってしまっている。どうせ正攻法では勝てないので、再びお見合いの始まったラスト1kmから集団逆サイドを突いて最後のロングスパートを仕掛けた。2回目の山岳賞を取った選手が乗ってくれたが、結局失敗。二人で18位、19位と仲良くゴール。山岳賞の2名が奇しくも最後に同じ選択肢をとったのが面白かった。
ともあれ、仲間含めて怪我もなく無事ゴール出来て良かった。

ゴール後は優勝したオーベストの選手に挨拶したり、仲間と語り合ったり、飲んだりと最後まで楽しい一日を経験させてもらった。特に学生時代の先輩の伝手で、チームUKYOの打ち上げに参加させて頂いたのは緊張もしたが、プロ選手とも話せてとても良いひと時でした。

記録賞と山岳賞。
山岳賞はリザルトに残らない名誉賞である。
レースの反省/感想
・本能に従って積極的にレースを走った。
 序盤の山岳賞独走、中盤のアタック、羽地からの走法など、決して「正解」ばかりではなかったけど、半端な走りではなく、「こうする!」という気持ちでスパッと走れた。上手くいかなかったときも良く納得できたし、やりたいように走ることができた。

・中盤に動き過ぎ。
 上と対照的な内容だけど、中盤に集団が大きいのに無駄な動きが多すぎた。結果かなり足を消耗したと思う。レース展開を予想するのは難しいから、後からは何とでも言えるけど、やはり140㎞というコースとの戦いをもう少し考慮しておけばよかったと思う。途中集団後方に下がって頭を冷やせたのは良かった。

・集団スプリントの戦術不足
最後に10数人の集団スプリントになったけど、今までレースで平地の集団スプリントをやったことが無かったので、戦術が取れないまま負けてしまった。これは完全に勉強不足だった。沖縄なら逃げない限り、絶対スプリントになるのに準備不足。まさかここまで上位に残れるとは思っていなかった。まぁ果敢にアタックを仕掛けたのも面白かったので、後悔ばかりではないけどね。

・食べる力が足りない。
 補給を取っている間に段々お腹が重くなってきた。3ヵ月のインド出張中に自転車トレーニングをしなかったため、相当内臓が弱ったのだと思う。こればかりはしょうがないとはいえ、もっと朝食少な目で、補給も羊羹ではなく、少量しか食べれないならジェル中心にした方が良いだろう。

とはいえ、3カ月のインド出張から帰国後1ヶ月の練習でここまで走れたのだから十分すぎる成果だと思う。
なんて言いつつも、別に勝った選手がベストコンディションだったとも限らない。手にした環境でいかにベストの走りをするかだ。
今回レース終盤まで集団に位置することで沖縄140㎞の雰囲気がようやくつかめた。当然来年・再来年同じ展開になることは限らないけど、「沖縄の走り方」をイメージすることができたので、次はもっと強く走れると思う。

以上、レースレポートでした。

2015年11月7日土曜日

2015-11-07 ツールド沖縄前日

朝は名護のホテルで皆と朝食。
ツールド沖縄参加者も多く泊まっており、自転車だらけだった。

素敵なホテルでした。


 土曜日はサイクリング部門が開催されているらしく、たくさんのサイクリストが走っていた。ただ、イベントだからと言って道路が封鎖されているわけではないので、結構危ない場面も何度か見た。この辺りはサイクリングイベント主催の難しさだろうな。

本日は午前中に140㎞スタート地点の道の駅から普久川ダム山岳ポイントまでの試走と、名護での出走受付。
ということで、道の駅へ移動してから自転車の組み立て。
フレームはTCR ADVANCED(2012)、コンポは6800アルテグラ、キシリウムSLS+Pro4レースということで、昨年からコンポとホイールセットが変更している。11速化についてはかなり沖縄を意識していました。
かなり暑い日だったので日焼け止めを塗りたくってから試走開始。
やっぱり決戦使用の自転車で一般道を走るのはとても気持ちが良い。
140㎞スタート地点から山頂まで30分ほど走って沖縄の路面の感触、気候を感じ取った。
また、昨年は普久川ダム登り口で道路工事をしていたが、このたび工事が終了しており、危険個所が一つ減ってよかった。

再び自転車を車に積み直し、コース確認を兼ねながら名護の受付会場へ移動。

受付会場はがらんとしていたが、外にはたくさん人がいた。
参加賞でTシャツを貰ったけど、去年の方がデザインが良かったかな。

上の写真は分かりにくいけど優勝トロフィーだそうです。誰かチームメンバーが持って帰ってくれないかな。

その後会場で土曜日着組のメンバーと合流し、ホテルへ移動。
あまりきれいな宿ではなかったけど、明日の準備などして午後10時頃に消灯。

泣いても笑っても明日は一年待ったツールド沖縄本番だ。
命かけるほど頑張るつもりはないけど、全力で走れるよう尽くします。

2015年11月6日金曜日

2015-11-06 一年振りの沖縄

会社でお休みを頂き、いよいよ三泊四日のツールド沖縄スタート!

朝電車で羽田空港へ移動。
そういえば国内線に乗るのって一年前の沖縄ぶりかもしれない。

羽田空港はもうクリスマスモード

久々の国内線 日本の飛行機は具合が良くて満足

あっという間に沖縄着。あたりには自転車をもってうろうろしている人ばかり。
因みにJALは自転車専用の受け取りコーナーが設けられていました。

那覇空港で友人たちとあつまり、名護への移動途中で久々の沖縄飯。
普段は麺+ライスなんて高カロリーは取らないけど、お祭り気分なので気にしない。

ホテル着後、時間に余裕があったので、美ら海水族館へ行くことになった。
16時以降だと若干安くなるようでラッキー。

タツノオトシゴ

イタチザメ

ジンベエザメの食事。掃除機みたいに餌を吸っていた。

その後は「レースは明後日なので関係ない!」って感じで皆と飲み交わした夜でした。

やっぱり沖縄はいいね。

2015年11月5日木曜日

2015-11-05 いざ南の国へ!

中々忙しい生活だったけど、火曜日に荷造りをし、今日も何とか帰宅できた。
色々先輩方には仕事を押し付けてしまっての出発。
戻ってきたらより一層働きますのでよろしくお願い致します。

何にせよ、今年も沖縄に出れる。
決してこのレースに合わせて調整しているわけではないけど、とっても楽しみだ。

いざ沖縄へ!

2015年10月31日土曜日

2015-10-31 そして沖縄の次は...

週末なので午前中に練習
三浦半島 92㎞
気温が低く、かつ渋滞があったりで全体的な強度は低めになった。所々では踏めたが、体が冷える場面もあったので無理しない程度に抑えた。この期に及んで怪我はしたくない。
先日かったスポーツ羊羹の試食もしてみた。
まぁ塩羊羹でいいんじゃない?


沖縄が終わった後、今から考えてもしょうがないけど、大磯クリテリウムに出ようと思う。大学後輩も出るようで、クラスはエキスパートらしい。正直僕はクリテの経験がほとんどないのだけど、要綱を見ていたら「ウォークライド主催大会の過去のリザルトにより、申込みのエントリークラスを主催者で変更する場合がある。(カテゴリー適正化のため)」との記載があった。
そういえばWalkrideのレースでは箱根ヒルクライム年齢別2位だったな。ミディアムに出ても変更を受けるかもしれない。
三カ月以上自転車に乗らなかった影響は体力面で未だ感じているが、諦めてエキスパートに出るか。
大負けして次へのモチベーションにしても良いだろう。
出るからには当然頑張るけどね。

そろそろ沖縄の荷造りをせねば。